よく大嶋信頼先生のブログや著書の話をしてまして、今のところ「一体感」という言葉を頭の中で唱えるっていうのを実践してますっていうことまでしかこのブログでお伝えしてなかったんですけど、ほんとはあれから大嶋先生のブログがどんどんほんとにヤバイ感じになっていってて、もうね、、、
あまりにすごくてなんかもう追いつかないんですよ。
頭も感情も整理できないんですよ。
怒涛の展開…
というわけでなんかもうすごすぎて文章化するのが難しいがためにこのブログにこの感動やらなんやらを書けてないだけで、本当は日々めっちゃ爆発してました。
気づきというか「腑に落ち」の連続大爆発なんですよもう…
毎回毎回、大嶋先生って何?何者なの?じつは私なの???
このブログ、私が私のために書いてくれてんの???っていうくらい
知りたいことや欲しい言葉がズバッズバッと胸に頭に投げ込まれてくる…
先生の”ダメ”だった時代の昔話なんて、まるで私のことを書かれてるみたい…
「一体感」すごいっていうとこまで書いたけど、「御意」すごいし「三点セット」すごい。
ほんと自分がなぜこうもダメなのか、なぜこうも生きづらかったのか、これまで答えを求めて藪の中を彷徨っていたのが、先生の解説というか語られるストーリーで手に取るように、俯瞰で見下ろすように明確に見えてきた気がする。
ああ~~~今思えばそうじゃん!そうだったんじゃん!だからこんなにしんどかったんじゃん!!
しっくりきすぎてこわい…
私の脳みそはシナプスのアフロヘアわっさわっさで大変なことになってました。
私このブログではADHDのことばかり言ってますが、子供の頃のひどい生きづらさはむしろ自閉症スペクトラムの傾向ゆえのもののほうが大きかったんですよね…
もうほんとに、ほんっとに人と接するのがダメだった。
不思議なことに二十歳頃になって境に急に症状が軽くなったんですが…。
(その頃けっこう大きな出来事があったのでそれがきっかけになって改善したのかもしれない、けど分からない…。あんまり言いたくない出来事なのですがいつか書きたくなったら書きます)
人が怖くて教室でも社会でも日の差さないジメジメした最下層にいるみたいで、いつも他人にビクビクおびえててまともにしゃべれなくて、でも心の中では常に悪態をついてて卑屈でありながらもめっちゃ高慢で理想ばかりが高くて、自分より強い人たちを実はすっごく見下しているっていう…
…なんで私はこうも性格が悪いのかな?
純粋で心優しい部分もすごくあるのに、でもだからこそ自分のこの性格の悪さが耐えられない、人に知られたくない。
ウソをついてるわけではないのに、日々常にウソをついて生きてる感じ…
「自信をもって」「自分を愛して」「自分を愛せない人が他人を愛せるわけない」ってよく聞く言葉だけど、こんな常に頭の中で批判が渦巻いてる状態じゃそんな自己肯定なんてできるわけないんですよ…。簡単に言わないで、じゃあどうすりゃいいのよって思ってた。
そこにきて大嶋先生の怒涛のブログでの頭モジャモジャ帯電説ですよ…
ああ~~~生きづらさのわけが!!自閉症スペクトラムの答えが!!わかる!!教えてもらえる!!私の長年の生きづらさのわけが!!なぜか「お金持ちになる方法」の話の流れで!!!
いやもうほんとすごいわ、ありがたいわ、ありがたすぎだわ。
で、「一体感」につづき「御意」とか「三点セット」とかやってたりしてて、そのことをぼちぼち整理してこのブログで書こうと思ってたんですが……
…その矢先。
…もうね、それをさらに上回るのが来ちゃったから今日はとりもとりあえずその衝撃を語りにこのブログ書きに来たんです。
…「アイキュー」
IQじゃなくて、愛Q
やばい、やばいやばい…
この「愛Qが高いがゆえに生きづらくて貧乏な人」って完全に私だわ。
完全にやばい。
はい、ここに私のすべての悩み苦しみの根源が書かれてましたわ。
ほんとにずっとずっとこれに苦しんできたの、これなのこれなの、これどうすればいいんですか????
対処法がこれから語られるの??まじで???
恋愛できないことへの劣等感がずっとすごかったし、恋愛しようともがき頑張ってもどうしてもダメだったんですよ。
こないだたしかこのブログで「その理由は回避性人格障害なんだと思う、自信がないからなんだと思う」って言ったと思うんですが、それはそれで腑に落ちる答えだったんですが、それはそれとして今回それをさらに上回りまくる、すっごい腑に落ち感の答えが。
「人間には愛がない」と気づいてしまう能力(?)、真実を見抜いてしまう能力、愛Q
それが高い人は自信もなくなり人が怖くなりお金もなくなる…
ああ~~~…
私もね~~「恋愛」ってものを憎んでた、ずっとしらけて見てたしずっとバカにしてたんです、子供の頃から。
恋愛だけじゃなく、たとえば「人情」という言葉や概念にも薄ら寒さを感じてた。物心ついたころから。
人間自体なんかあまり興味もてなくて、いじわるで冷めた目線でしか見れなくて、動物やモノや自然のほうが断然好きというか思い入れがあった。
そしてウソがね~~~ほんとムリ、つけないしついてもしんどくて、ずっとしんどくて。
ウソっていっても人を陥れるための悪いウソだけじゃなくて、なんだろう…お世辞とか人間関係を円滑にするためのウソとか軽口とかからして私にはすごく難しいんですよね。
先生のおっしゃるように、まさにセールストークとかほんとにムリ。心がすり減る。
ああ~~~大嶋先生が語られてる愛Qが高い人のものの見方考え方、そしてしんどさ、めっちゃくちゃ腑に落ちる!!!!!!!!!!!!!!!
これだよこれ!!!!!!!!!!!!!!!!
ああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そうなの…
そうなのそうなの…
久々に感じるこの…やるせない怒り………
無力感…脱力感……
そして言葉が通じる人に、通じることばで、われわれがどういう人間でどうしてこうも苦しんできたのか語ってもらえる安心感と信頼感と一体感……爽快感…
長年さまよった異国でやっと出会えた同胞たちがそこにいる…
もしかしたらもう劣等感を持たなくてもいいのかもしれないっていう希望を感じる…
まじで泣きましたね、今回。安堵の涙かもしれない。
あんま何を言ってるかわかんない感じになってるかもしれないけど、でもこのブログ読みにきてくれてる人なら普通に通じる話なのかもしれないし、もしかしたらすごく共感してもらえてるかもしれないし、とりあえず今日の記事はこれでいいや。
また落ち着いたら「愛Q」のことについて感想なり気づきなり書きに来るかもしれません。
とにかくこれからの大嶋先生のブログがこれまで以上に楽しみすぎる…!!!
あれ…?
なんなのもう二時じゃん…!!おやすみなさい…!!!
あ、ところで「愛Qって第六感みたいなものではなく味覚みたいなもの」っていう表現すごい適切すぎてほんと大嶋先生天才かよって思いましたね…天才ですね…
そうなんですよね、第六感みたいなふわっとしたものじゃないから「なんでみんな分かってくれないの!!!??こんなにハッキリしてることなのに!!!!!」っていう疎外感・孤独感・憤りや無力感が余計すごいんだよね~~~~~~
いっぽう味覚って視覚聴覚なんかよりパーソナルなものだから伝えづらいし共有しづらいし、もどかしくもあって。
自分が感じた「味」にこだわればこだわるほど、他人から見て気難しい狂人になっていってるんだろうなとも思う…
思うのにやめらんない。
だってどう咀嚼したってどう味わったってその味覚は「そう」なんですもんね。私たちにとってそれはどうしたって真実なんだもんなあ…。はあ……。

