大嶋信頼先生のブログで出会ったすごく希望をもらえる大好きな言葉2つ

私は自分の人生にけっこう絶望してるんですけど、大嶋信頼先生のブログでしょっちゅう目にする「すべては時に適って美しい」っていう聖書の言葉に救われてるというか、その言葉を見るたびにああそうだよな、そうだといいなってちょっとだけ希望を持ててるんです。

すっごく素敵な言葉。(ちなみに自分は全然クリスチャンではないです)

いつも感じてる「自分は乗るべき電車に乗り損ねた、みんなあの電車に乗っていってしまった」という取り残され感や強い後悔の念が薄れて、「自分の電車はあれではなかった、自分の電車はこれから来る」って思わせてくれるような。

で、もうひとつ大嶋先生が以前ブログで言われてた聖書の言葉があって、その言葉にすごくハッとして、その言葉にも救われたというか自分を当てはめて「おお!」となってたんだけど、なぜかその言葉を忘れてしまって。

あとからブログ内検索をしまくったんだけど見つけられなかったんですよね。

なんだったかなーなんだったかなーって思い出そうとしてもどうしても思い出せなくて、くやしかったんですが…

その言葉に、今日の大嶋先生のブログでまた出会えたんです。

だから嬉しくてこの自分のブログに書きたくなって書きに来ちゃった!

「後のものが先になり、先のものが後になる」っていう言葉。

ああ、、そうだよね

そうだといいな

そうだと思いたい

ああほんと最高、強い、すごい言葉。

大嶋先生はこの言葉をクライアントさんに知恵を借り、クライアントさんに追い抜かれていかれることに対して使ってらっしゃるので、ちょっと「負うた子に教えられ」的なニュアンスなのかもしれないけど。

ネットでこの言葉の解説を読んだら、またけっこう意味合いが違ったりもしたけど。「天の国の逆転」

でもとりあえず私は自分の人生にあてはめて、ああ諦めないでいい、って思ったんですよね。単純に。

ずっとドベを走ってバカにされてた私は、実は今けっこう先頭付近にいたりするんじゃないか?

いや先頭はぜんぜん無理だとしても、でも徒競走はもう終わってて、私の得意な競技に入ってるかもしれないし。

本当は最初から好きな競技を選んでよかったのかもしれないし。

自分の人生では正直まだそれを実感できるようなできないような…、って感じなんですが、ただ自分が大好きで憧れててめっちゃ尊敬してる人たちはだいたいみんなそういう人たちなんです。

ずっと最下位で、バカにされたり嫌われてた人が、それでもあきらめずに何かを続けてて、そしていつのまにかすごく輝いている。独自の輝きを発してる。

そういう人たちがほんとにすごくすごく好き。個人的には。生まれつきイケてる人、子供の頃からそつなく生きてた人より。

私もできればそうなりたい。とりあえず自分は「ずっと最下位」っていうとこだけは条件そろってるんですけど。

…あ、でも自分にもすでに「後のものが先になり、先のものが後になる」をはっきり実感できてることってありました!

徒競走では常にドベ、スポーツなんて大嫌い、体力なくて運動神経もなくてバカにされてばかりでほんとダメダメな子供だったんだけど、大人というかおばさんになった今、みんながあちこち体に不調があったり体力が衰えたりって言ってるなか、私今のとこ特に大きな不調や体力の衰えって感じたことないんですよね。

こないだ受けた健康診断では全部A判定だったし。

てわけで、案外同級生の中で今はけっこう体調とか体力的に上位にいけてるかもしれません。

まあこれ自分がよくなってるというより自分は低め安定を保ってて、みんなが落ちてるだけなので…相対的に、ですけどね。

8年以上ヨガを続けてきたおかげなのではと思っています。続けることは大事だ。

あっあとわたし最近身長が2センチ伸びてました!

まあ2センチ程度じゃ人より高くなったというわけではないけど…

でもまだまだいけるぜ!!って気分にはなれましたね。

学生時代、背の順で並ぶといつも一番前か二番目だったのですが…

このまま伸び続けてくれれば(?)、いつのまにか真ん中くらいにはなってるかもしれません。

いじめられっ子だった子が、大人になってモテるようになったり。

田舎ではぱっとしなかった人が都会に出たら活躍できるようになったり。

昔は人の容姿をバカにしたりどぎついイジリがウケてたお笑い界も、今はそういうのを嫌う風潮になって、優しくて温かい笑いがウケるようになってたり。

そういう逆転ってほんとめっちゃふつうによくある。

先頭とドベって、何かの転換点でくるっと180度回って入れ替わることってあるなってよく思ったりしてます。最近とくに。

やっぱ「後のものが先になり、先のものが後になる」んですわ。

それに人それぞれ、開花する時って違うんですよね。

「すべては時に適って美しい」。

ダメダメだったこれまでも全てムダではなかった、全て必要で全てが美しく完璧なタイミングで起きていたしこれからに期待してもいいのなら。わりとこのダメな人生にも、ダメだからこそワクワクできる。

明日は貧困孤独死かと怯えてもいるけど。

絶望してるけどまだまだ生きていくし、絶望しながら希望を持てる気がします。

それにしてもキリスト教自体にはべつに興味ないのに、その宗教的な意味合いも正直全然理解できていない(むしろ都合よく曲解してる)のに、その言葉そのものにハッとしてすごく強い力を感じるのってほんと不思議だな~~

「言葉の力」ってやっぱあるんでしょうかね。これも「神の力」というべきなのかな?

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