大嶋信頼先生の「すごい恋愛ホルモン」を読んだ翌日に起こった大きな出来事

はあ…

こないだ大嶋信頼先生の「すごい恋愛ホルモン」ていう本のことを書きましたが、じつはあの本読んだ翌日に自分にとってはかなり大きな出来事というかちょっとショックなことがありまして。

なんかすごく変化したのかもしれません、自分が。

少し落ち着いたので今日はそのことについて書いてみようと思います。

ところでいったん話が変わるんですが、私すっごいマザコンなんですよ。

母のことが世界一好きだと思ってるし、すごく尊敬してるし、めちゃくちゃ精神的に甘えきり、頼りきってるんですよね。いい年した大人が。

つい最近も「いつかお母さんが死んだら私もう生きていけないな。後追い自殺しよう」ってわりと本気で考えたりしたくらいで。

うちのお母さん、まあいろいろ問題もあるにはあるけどものすごく優しくてものすごく落ち着いてて、私これまで一度も怒られたことないし、それどころか他人に怒ったり、他人の悪口言ったりしてるとこを見たこともまったくないような聖人なんですよ。

なんかもうね、優しすぎてこの人サイコパスなんじゃないかって思うくらいで。

以前心理学とかスピリチュアルとかに詳しい人に「娘に嫉妬しない母親はいない」って聞かされて、私猛反発したことあるんです。

そんなことない、まあ他の母親たちはそうかもしれないけどうちのお母さんだけは絶対そんなことしない、って。

その時はそれを本気で思ってたんですよね。

それがまあ…

今私の何かが変わってしまったんですかね?

今思うとなんであんなにお母さんを神格化してたのかちょっと分かんないんですよね。

嫉妬、しますね。きっと母親という存在は娘に対して。

今ではそう思うようになったんです。

少しずつですけど、自分の中の認識が変わっていって。そして先日、ある出来事がありその認識がほんとにガラっと変わってしまった。

ちなみに数年前に大嶋先生のカウンセリングルームに少し通ってたことがあるんですが、その時にカウンセリングの流れで「母親に原因があるのかも」って感じになって、でもそれはうすうすそうかもって思いつつもそんなわけない!ってやっぱり否定してたんですよね。

だけどそれから、大嶋先生のブログや著作をずっと読んできた影響もあるのか、なんとなくやっぱり私の生きづらさの根幹に母親のことがあるのかなあと思うようになり。

…とはいえ、お母さんは変わらず優しいし、公平な聖人君子だし、母に対する不満とかはまったくなかったんです。

実家は西日本で、私は東京で、長年すごく離れて暮らしていますしね。不満を感じることも衝突することもありえない。

それがですね…

先日「すごい恋愛ホルモン」のことをこのブログで書いたとき、なんか自然と『もしかしたらほんとに今の私を雁字搦めにしてる「”女”として生きることへのイヤさ」って、まじで母親とかからかけられてる呪いなのかもしれないな…』なんてするっと書いてたんですよ…

呪い?

あのすばらしいお母様が私に?

聖母であるわが母上が、そんな魔女のような所業を?????

いや、ほんとちょっと前の私だったらそんなこと考えもしなかったというか、いや、ちょっとは頭をよぎってもすぐに否定してたと思うんですよ。

まあさっき言ったようにうちの母親にはうちの母親の問題があって、私にはその影響もあって、自分の生きづらさの原因のひとつに母親がいることはそれなりに認識してたんですけど、それが今回はそうじゃなくて、もっとはっきりと「呪い」って!!「母からの呪い」だなどと思うなんて!!

それもさ~~~

あの尊敬する母上さまが、私に嫉妬するあまりに呪いをかけているかもしれないなんて。

白雪姫の母親(もともとの原作では継母ではなく実母らしい)のように。

…そんなこと思うなんて、ちょっと前の私からみたらビックリするようなことなんですよ。

嫉妬?あのおおらかで優しいお母さんが私に嫉妬??ありえんでしょ…って。

でもまあ「すごい恋愛ホルモン」を読んで、なんか心震えながらバーーーっと書きなぐったブログではそう書いてるんですよね、私。ブログ書いてたときの記憶とかはあまりないけど。その時は本心からそう思って書いたんだと思います。母親からの呪いがあるんだってことを。

それでですね、ここから本題に戻るんですが…

あの「すごい恋愛ホルモン」を読んでこのブログに感想を書いて、そのすぐ翌日にですね、たまたま用があって私実家に電話したんです。

いつもの甘えきった子犬のような気持ちで母に電話したんですね。

いつもだったらうちのお母さん私の言うことなんでも「うん、うん」って優しく受け止めて聞いてくれるんですよ。

ほんと大きな人だなあ、人格者だなあ、かなわんなーって思うんですよ。

ところが…

…その日はまったく違ってたんです。

私が何を言っても否定される。

それもわけのわからない、幼稚で理不尽な理屈を出してきていちいち私の言うことに反対する。

向こうが言うことがあきらかに正しければ私だって「ああやっぱりお母さんの言うことはちがうな」なんて認めてただろうけど、なんだかもう頭の悪い、他人の悪口や噂話ばっかしてるそこらのオバハンみたいなめちゃくちゃな論理で私の言うことをさえぎってくる。

なんか…なんか…

とにかく頭が悪くて感情的な、小人物って感じなんですよ!!

えっ誰これ????

こんなことってある?!?!?!

この人私の敬愛するあのお母さんだよね?!?!?!?

…いや、こういう状態自分には覚えがありまくるのでわかるんです。ふだん人に嫉妬ばっかりして感情に振り回されまくってる私には。

彼女はその時とても感情的だった、それも知能が低下してまるで頑是無い幼児みたいになってた。

これ、私が人に嫉妬の発作をおこして自分を失った時によくなるや~~~~~~つ!!!!

…いや~だけど私にはよく覚えのあるこの状態に、まさかうちのお母さんが陥るなんて。それも私に対して。それもなんでもないいつもの会話で。

そう、とくになんということもない会話だったんです。

知人がこういうセクハラに遭ってたんだって、私もこういう目に遭ってきたよ、とか、日本社会の中での女性の地位の低さとか、それをこれまで多くの女性たちが声を上げて少しずつ良い世の中にしてきてくれたよね、っていうこととか。そういう話をしたんです。

でも母はそれを真っ向から否定していくわけなんですよ。

セクハラなんてない、昔も今も。その程度のことはセクハラじゃない、それを喜んでる女だっていたはずだ、セクハラがあるなんて言ってる女性たちがいるから反対にセクハラが無くならないのだ、昔から男女は平等で今は女性のほうが強い、フェミニストの言うことは逆に弱いものいじめだ、みたいなことを。

それも論理だってるならいいんだけど、言うこところころ変わるし論点ころころ変わるし、議論どころか会話になんない。ああいえばこう言う、の繰り返し。

あの~~、私自身がセクハラに実際に遭ってきて、女性であるがゆえのままならなさを感じてきて、それはいやだよね、もっといい世の中になって欲しいよねっていう話をしてんですけど。

それを全否定されるってどういうこと…??

そこからはなぜか火がついたような激論になっていって、もう収拾がつかないまま2時間くらい話してたと思います。意味のないやりとりを平行線のまま2時間くらい。

向こうも意固地になるし、もともと頑固者の私も当然意固地になるし。

これね、もしかしたら今思うとセクハラがあるかどうかとかフェミニストとか自体を否定したかったんじゃなく、母親はこの会話に含まれる「性」の部分にビビビっと発作を起こして別人格みたいになってしまったのかもしれません。

これも私はすごく経験あるから分かるんですよ…

「性」ってすごく発作のトリガーになってるんです、私の場合。

「性」を感じることを見聞きするとなんか破壊的な別人格になってしまうんですよね。すけべな腐女子のくせにね。男女のことが基本的にダメだからこそ腐女子なんでしょうけど。

で、今はまあ私のことはどうでもいいんですが、問題はお母さんです。

性にまつわる話をしたとしたって、これまでほとんどこんな状態になることなかった穏やかなお母さんが突然別人格にのっとられたみたいになっちゃうなんて。

なんでこうなっちゃったんだよ~~~~~!

…原因としてちょっと考えちゃったのが、結局のところ私が「すごい恋愛ホルモン」を読んで、なんか知らないけどすごく心が震えて泣いて、そしてその本の中でとくに印象的だったのが「恋愛相談は同性の友達や母親などにしてはいけない、嫉妬の発作で破壊的人格に変身して恋愛関係をぶち壊されてしまうから」っていうくだりだった、ということなんですよ。

この話、冷静に考えるとこの本の中でそれほど目立つ部分じゃないと思うんですね。よく聞く話でもあるし。

人によってはするっと読み流してしまうところかもしれない。

でもねー、私の心のどこかがこれだ!!!って思ったんでしょうね。

ウォ、ウォーターー!!!って。

この部分になぜか妙に衝撃を受け、心震わせてわけがわかんない涙を流してるうちに、自分では気づかないけど心の中がガラッと書き換わって…

そういう「あたらしい私」の状態で母親と話をしたから、いつもと違った状態に(お互いに)なってしまったのかもしれません。

発作というのもあるかもしれないけど、あと周波数が合わない!!交信できない!!みたいなもどかしさもすごくあって。ふだんはすごく気が合うし話が合うのに。

やっぱ変わっちゃったのかもな~私の何かが。

何か、お母さんに甘えきって盲目的に従いきってた私はいなくなったのかもしれません。

自分の目が変わったから、盲目的だった目が見えるようになったから、お母さんが今までとまったく違った人に見えるようになったというか。

変わったのはお母さんのように見えて、じつは自分なのかも。

本を一冊読んだだけでそんな変わる??って気もするけど、でも大嶋先生はこの本にスクリプトをこめてるっておっしゃってるし、それを読むことによってなんかがじわっと大きく書き換わることってほんとにあるんだと思う。

思おうと思う。

あとは…自分が新しいステージに上るときに、なぜか周りがそれを知ろうと知るまいと嫉妬の発作を起こして足をひっぱってくる、元の場所に引きとめようとジャマしてくる、って大嶋先生がよくおっしゃってるけど、母親のふしぎな態度の変化ってそれの可能性もありますよね…

わかんないけど…

まあとりあえず、なんか勝手に神聖視してた母親が、今は自分と同じ女の人、自分と同じ人間なんだって思うとすごく不思議な感じでもあるし、さみしくもあるし、でもこれでよかった、こうして「本来あるべき状態」になっていくんだっていう気もしています。

いい年して、今さらの母離れはまだすごくすごくさみしくて不安でもあるけど。

↓おすすめです!レビューだけでも読む価値ありまくり。

スポンサーリンク







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク