心に自分の知能指数を聞いてみました

大嶋信頼先生が最近提唱されてる「心に知能指数を聞く」っていう方法、やってみました?

私はちょっとこわかったけどやってみましたよ…!

「心に知能指数を聞く」方法

1.自分の心に「心よ!私と心の間にジャマはある?」と聞く。

2.答えが返ってこなかったり、誰かの顔が浮かんだりしたらジャマがあるということ。「心よ、ジャマを排除して」「排除できたら教えて」と伝える。

3.心が「排除できたよ」と教えてくれたらまた「心よ、私と心の間にジャマはある?」と聞き、邪魔がなくなるまで排除してもらうのを繰り返す。

4.心との間に邪魔がなくなった状態が催眠状態。そこから「心よ!」と呼びかけながらいろいろと心に質問(自問自答)していく。この場合は「心よ!私の(本当の)知能指数を教えてくれる?」とたずね、「いいよ」と答えてくれたら「心よ、私の知能指数はいくつ?」「心よ、○○さんの知能指数はいくつ?」などと聞いていく。

※ちなみに大嶋先生は知能指数を松竹梅に分けていて、松が130以上で、竹が90以上120以下、梅は90未満とのこと。(なぜか121以上130未満は松・竹どっちなのか書かれていない…)

あの、これは先生もおっしゃってる通り、ただの自問自答なので…

自分に都合のいい、ただの自作自演なので…

だからまあ想像通りっちゃ想像通りなんですけど…

私の「心が教えてくれた知能指数」、やっぱめっちゃ高かったです!!

自分が答えてるんだからな!!そりゃな!!!

なんと143もあった…天才…さすが私…

なので私は松竹梅のなかの「松」の人っていうことになりますね。

ほんとかよ。

前回のブログで「私は嫉妬しまくる凡人なので竹だと思うんですが」なんて謙虚ぶったこと言ってましたが…

でももうなんとなく分かってましたよね…

われわれ大嶋信頼先生のブログとか読んでる人ってほぼ全員「松」でしょって。

だってさ~~~~

大嶋先生のブログや本の、あんなエビデンス無視のわけわからんトンデモ超理論でどんどん繰り広げられる妄想の世界が、私たちにはもうぐいぐい理解できていってしまうしガンガン腑に落ちていってしまうんですもんね。

それも「理解」っていっても頭での理解ではなく、なんかもっとこう空間的?な理解みたいな????

「理論」を理解するんではなく、その妄想の「世界」を理解する、みたいな???

なんかもうノンバーバルな、感覚だけでやりとりする超能力者たちのハイパーコミュニケーションって感じじゃないですか…

バカと天才紙一重っていうやつですよね。一重の差ですらなく、バカと天才裏表って感じか。

あんな馬鹿げたブログを本気で書けるくらい知能が高すぎる大嶋先生と、あんな馬鹿げたブログを本気で読めるくらい知能が高すぎるわれわれ…

ほんと天才…

(というかそもそも「心に聞く」っていう方法で自分の知能指数がわざわざ平均的な90とか100とかになるって人のほうがめずらしいのでは…?人には優劣の錯覚があるっていうし…この方法だとほとんどの人が「松」になるのでは?という疑問はとりあえず置いておいて。

まあみんなで自分のこと松!天才!選ばれし民!って思い込むことで日本人全体が自己肯定感あがりユダヤ人みたいに豊かになれたらそれでよし、ですし…。むしろそれこそが大嶋先生の狙いかもしれませんし。

だからみんな心に自分の知能指数をきいて私みたいにいい気分になろう…!!)

ところで今日はですね、いいお天気の休日だというのに「高学歴で大手ホワイト企業にも就職したのに発達障害のせいで転落人生を歩み貧困生活を送る人」みたいなネット記事をいくつもむさぼり読んでしまいました。

身につまされることばかり…

ちがうのは、私は就活すら怖くてできなかったので就職したことないっていうところですが。

せっかく能力はあるのに、なんで私たちこんなに孤独でみじめで貧しい生活を送ってるんだろう。

本当に大嶋先生がいうように他人からの嫉妬攻撃で脳が感電してるせいなのかな。脳のつくりが問題だったらもうどうしようもないのでは?

いつか抜けられるんだろうか。いや、抜けられてきた実感はすごくあるけど、でももう遅すぎなのでは。乗るべき電車はとっくの昔に行ってしまったのでは。

今はADHDやアスペルガー的な傾向が落ち着いてきたというのに、なんで私は相変わらず普通の幸せが手に入らないんだろう。なんで私の人生こうもままならないんだろう。

とくにパートナーがいないということに関してのなんともいえない絶望感が襲ってくるんですよね。

自分なりにがんばってきたのに、こんなにいい人なのに(いや性格は悪いが)、こんなに可愛らしい人なのに、こんなにいろいろ考えてる人なのに、こんなに深くて面白い人なのに、なんで、なんで。

みじめで孤独で不安でぐちゃぐちゃ考えてしまって、久々に超こわくなってしまいました。

「なんで」っていう思いがめちゃくちゃ湧いてきました。

で、タイムリーなことに今日大嶋先生のブログ


実は、みなさんが無意識で使っている「なんであの人はあんなことをするんだろう?」という口癖があります。

お母さんが子供に「なんであんたは何度言ってもわからないんだい!」と怒っている時も実は「なんであんたは」に無意識さんのメッセージが含まれている。

この「なんで?」を使っている時って、無意識は「生まれつき遺伝的なものだから変わらないよ!」ということを教えてくれている。

梅の木は松に変わることができない。

「どうしてあの人はあんなに下品なんだろう?」と思った時は「あ!無意識が遺伝的なものだから変わらないことを教えてくれている」というのがわかる。

自分が相手に対して「なんで?」とか「どうしてあなたは?」と思った時は「あ!無意識が教えてくれている!」と気がついてみると面白い。


って書かれてて。

これ、他人に対して「なんで」って思うときのことについて書かれてるんだけど、自分に対して「なんで」って思うときも結局同じことになるんでしょうかね。

だとしたら私の無意識さんは「私が孤独でみじめなのは、遺伝的にどうしようもないから」って言ってるんでしょうかね…。なんたる無情。

普通の幸せが手に入らないのは遺伝的なものだからしょうがない。

そう思うと表面的にはすごくくやしくて悲しいけど、でもなんか肩の力が抜けて楽になる感覚もあるんですよね…。

以前、自分って発達障害だったんだ、って知ったときみたいに。

あと…

「なんであなたは普通に結婚して幸せになってくれないの」

「なんであなたはせっかくいい大学に行かせてあげたのに就職すらせずにそんな不安定で貧しい暮らしをしているの」

沸き起こってくるこの「なんで」っていう思いは、もしかしたら私自身のオリジナルの思いというよりも、両親からの思いがこっちに飛んできてるものなのかも。

そしてそんな両親への申し訳なさから、自分の中からも沸き起こってるものなのかも。

それに対して無意識さんが「でも仕方ないんだよ、しょうがないよ、遺伝的にどうしようもないんだよ」って言ってくれるのは逆に優しいし救済される感じがある…。

とはいえめっちゃ残酷ですけどね!

「発達障害・コミュ障・高齢・未婚・無縁・非正規雇用・生活保護…」

今日は自分にとってとても近しいこれらの問題についてのネット記事を読み漁り、じつはちょっと苦しくなって泣きながらこのブログ書きました。

でも何度も書き直してるうちにだんだん楽になってきました。

ずっとずっと、自分は子供の頃からなんにも本気で頑張ることができなかったんです。

もっと頑張ればもう少しマシな人生だったのでは、という後悔に攻め立てられてばかりでした。

「オレはまだ本気出してないだけ」みたいな、何にも成していないのにいつか本気になればマトモになれる、成功する、という誇大妄想ばかり膨れ上がって。

なのになんでできないんだろう、やればできるはずなのになんで、なんで。

けどまあ…無意識さんが仕方ないんだよっていうならそうなのかも。後悔なんかしなくていいのかも。少なくとも私のせいってわけじゃないのかも。

なんといっても私たち「松」の人なんで。

↓こちらも今日の大嶋先生のブログより


問題は松の人たちって、子供の頃から嫉妬の電流を親から浴び続けていて脳の機能を使えずに「知識」が知能について来ていない!という感じになっている。

まあ、一般的なイメージだったら、松の人だったら、松の学校に行って松の教育を受ける。そして松の会社に入って、松の給料をもらって初めて「自分は松だ!」と実感ができる感じ。

ところが「ビビビッ!」と嫉妬の発作を親から受けちゃうと「梅の学校にしか行けない!」となったら、野生の王国に都会人がいきなり投入される感じで「ギャオ~!」になってしまう(ギャオー!ってなんやねん!)。そこで生き抜くことで精一杯になってしまって優れた知能なんてちっとも使えない、という状態に。むしろ、優れた知能を梅の集団の中で持っていたら「豚に真珠」だから「知能を下げなきゃ!」と無意識ではサバイバル能力が働きます。

だから、ある人は必死に漫画を読み続け、ある人はゲームを一生懸命にやってゲームの「チカチカ」で発作を起こして「知能を下げよう!」とするんですね。無意識がやっていることってすごく面白いです。まあ、無意識がしてることって本当は時にかなって美しい。

ある人は「学校に行きたくない!」となるのは「当たり前!」、だって梅だらけの野生の王国なんですから。

梅の教員も揃っていて「四面楚歌」という言葉すらちゃんちゃらおかしい感じになる。

松の人が梅の環境の中に入ったら「自分がおかしいのかも?」と「梅以下」の気分になるから「自分は頭がおかしいのかも?」と悩むんですね。

心に聞くと「違うよ!」と教えてくれます。

周りの人が「梅」であなたは野生の王国にいるだけですから、と


は~~~~~~~~~~~

大嶋先生ありがとうございます…

今日は久々にしんどくなって泣いてたけど、でもなんとか正気に返った。

これまで自分にとってここは大変な世界だった。サバイブしてきた。

私は本気でがんばってきたんですよね、本当は。

私は野生の王国に迷い込んでしまった都会人。生き延びるためにウッホウッホってしてたら必要以上にウッホウッホになってしまい、自分が都会人だったことも忘れてしまった。

才能を生かすどころか、私にとってはずっとサバイバルと現実逃避のための夢想がすべてだった。

まわりのウッホウッホたちは集団を強くし、財を溜め込み、見た目がよく強い個体同士交尾して子孫を増やすことに余念がない。

野生の王国ではそれが善だし価値だし「幸せ」とされてる。

私はウッホウッホの中ではとても弱いし変わり者でハズレ者なのでウッホウッホの集団でうまく立ち回れないしバカにされいじめられてる。

つがいになる相手も見つけられないしそもそもあんまウッホウッホと交尾したくない。

ウッホウッホとつがいになることを想像すると、不幸な未来しか見えてこず、毎度相手から逃げては「なぜもうちょっと我慢できなかったのか」と自分を責めてしまう。

みじめさと劣等感のかたまりとして生きてきた。

ウッホウッホの集団のなかで、このまま年老いて死んでいくのかと泣いているところナウ。

私は都会人だった記憶をよみがえらせ、無事都会にもどることができるのか…?

今後、仲間やパートナーを得ることはできるのか?

そもそも私の本当の幸せとは…?

次回「都会への帰還」 乞うご期待!!

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